連載「博士のホップノート」|第6章 ホップを取り巻く環境の変化
第6章 ホップを取り巻く環境の変化
ホップに携わって30数年、その間に実に劇的な変化を目の当たりにしてきました。しかも、それはまったく予想していなかった変化でした。
1988年、キリンビール株式会社に入社した当初の仕事はホップの品種改良でした。しかしその頃は日本産ホップの衰退期の真っ只中であり、ホップは「苦ければよい」という時代。何を目標にすればいいのかも見えず、モチベーションは正直、超低空飛行でした。
師匠が定年退職され、私が独り立ちしたのは1991年のことです。とりあえずα酸の高いホップを育種しようと交配を重ねているうちに、遺伝的にさまざまな性質を示す子世代が現れ、これが実に面白い。
1990年代半ばには、畑だけでなくビールそのものの中身も研究対象になり、さらにのめり込みました。お願いしてようやく作ってもらっていた試験ビールも、自分で自由に醸造できるようになり、研究の幅が一気に広がったのです。
そして1999年、非乾燥の生ホップを使った実験を行い、新たな世界へと踏み出しました。この年は博士号を取得し、長女も誕生するなど、まさに新しい幕開けの年でした。
2000年代に入ると、世界各地のホップ品種でビールを試作し、その多様な香味の世界を知るとともに、新たなホップ使用技術の開発に没頭。気づけば、あっという間に定年退職の日を迎えていました。
この間、日本だけでなく世界全体で、ホップを取り巻く環境は信じられないほど変化しました。本書の冒頭でも触れましたが、サッポロビールのHPに掲載されている、入社当時からの知人・糸賀氏との対談記事でも、その激動の歩みを振り返っています。彼もまた、この“激変の時代”をともに駆け抜けてきたひとりです。
この章では、私が実際に目の当たりにしてきたその「変化」の全体像を、いくつかの角度から解説していきたいと思います。
ビール事情の変化
アメリカに端を発したクラフトビールのブームは、想像を超えるほどの影響力を持っていました。多くの大手ビールメーカーは、当初その勢いを過小評価していたと思います。私自身も、正直なところ一過性のブームに過ぎないと考えていました。
というのも、当時のクラフトビールはあまりにも個性的で、その強烈な香味が一般の嗜好には合わないと感じていたからです。
大手ビールメーカーが目指すのは、「誰にでも好まれるビール」です。つまり、一般に広く受け入れられ、確実に売れるビール。1回の仕込みが100キロリットルだとすれば、350mL缶に換算して約28万本。年間を通して何度も仕込みを行い、しかも工場は全国に複数あります。日本国内のビール消費量は2021年で約419万キロリットル。その圧倒的な量を考えれば、個性の強いビールは嗜好差が顕著に出てしまい、製造側からすればリスクの高い挑戦なのです。大量生産・大量消費の世界とは、そういうものです。
しかし、一部の消費者はその「画一的なビール」に飽きを感じ、もっと個性のあるビールを求めていたのでしょう。クラフトビールは、そうした人々に受け入れられ、やがて潜在的な不満を可視化する存在となりました。
そして、この新たな潮流を支えたのがホップです。ホップの新品種開発こそが、新しいビール文化を生み出す原動力となり、
クラフトビールの拡大を世界的に加速させていったのです。
世界のホップ育種事情の変化
世界のホップ育種は、かつて公的機関が中心となって進められてきました。イギリスでは1904年にワイ大学で育種が始まり、チェコ(当時のチェコスロバキア)では1925年にホップ研究所(Hop Research Institute)が設立。ドイツでは1926年にバイエルン州立農業試験場、アメリカでは1930年にアメリカ農務省オレゴン農業試験場でホップ育種が始まりました(Neve 1991)。
当時、ヨーロッパやアメリカで流行していたベト病(downy mildew)の被害が深刻で、耐病性を持つ品種の育成が喫緊の課題でした。主な手段は交配育種でしたが、チェコスロバキアでは純系分離(clonal selection)という方法が採られています。交配によって品質が遺伝的に分離し、元の状態に戻せないことを理解していたからでしょう。
ザテツ地方のSaazは、古くから高い評価を得ていた人気のホップです。品種という概念が確立する以前から栽培が続けられており、Saazホップは単一ではなく、多様な系統が混在する集団でした。その中から優れた形質を持つ株を選抜していき、1952年に三つの選抜系統、オズワルドクローン31、72、114が確立されました。これらは現在もなお栽培が続けられているSaazホップの代表的系統です。
一方、交配育種では耐病性を導入しつつ、元の品質を損なわないようにするため、選抜を繰り返す地道な努力が重ねられました。同時に、α酸含量の高い品種の育成も進み、ドイツではNorthern Brewerの交配からPerleが生まれたのが1978年のことです。
香り品質を重視したアメリカのホップ育種は、1972年に登場したCascadeから始まります(この点は別章でも触れました)。当時求められた品質は、いわゆる「European Noble Aroma」、すなわち伝統的なヨーロッパ品種が持つ上品な香気でした。Cascadeは当初こそ普及に苦戦したものの、1980年代にはその香りが受け入れられ、ブルワリーでの採用が進み、作付面積も急速に拡大していきました。
ここまでの流れでは、まだ“新しい香り”の話は出てきません。ユニークなのは、ニュージーランドです。出会いはNew Zealand B Saaz(現・Motueka、1998年リリース)でした。この品種は、ベルギー経由で入手したチェコのSaazを交配親に用いたため、この名が付けられました。同時期にはD Saaz(現・Riwaka、1997年リリース)という品種も存在し、略称で「B Saaz」「D Saaz」と呼ばれていたため混同されやすく、のちに現在の名称へと改名されています。
B Saazでビールを作ってみたところ、驚きました。マスカットやライチのような心地よいフルーティーな香りが広がり、「これがビールなのか」と、ただただ驚嘆しました。まさに二度目の鳥肌ものでした(一度目は1999年の生ホップ実験のときです)。1990年代に、すでにこんな最先端の育種が行われていたのです。場所はニュージーランド南島北部にあるRiwaka農業試験場で、ここではキウイの品種改良も行われています。ホップとキウイの両方の改良を担当していたのがBeatson氏です。
ユニークなホップ品種はなぜ生まれたのか尋ねてみると、彼はこう言いました。「European Noble Aromaを狙ってもヨーロッパには敵わない。だからニュージーランドはニッチ戦略で行くんだ。」1990年代としては、大胆でありながらも緻密な計画だったように思います。
ちなみに、キウイの黄色い果肉や皮ごと食べられるように改良したのも、彼が関わっているそうです。そして極めつけは、「ここのキウイ、好きなのを食べていいよ。でもまずこれを試してみて」と渡されたキウイでした。
甘さ控えめだなと思った次の瞬間、強烈な辛みが襲ってきたのです。キウイが辛いとはどういうことか。食べる前のイメージと、口にした瞬間の現実があまりに違い、人は本当に言葉を失うものなのだと知りました。
この“洗礼”は初めての訪問者には必ず行う通過儀礼のようで、私がそれを受けたのは2000年代前半、3月のことでした。
ニュージーランドからはその後、Nelson Sauvin(2000年)がリリースされ、アメリカからはGeneが育種した民間品種Citra(2007年)が登場しました。このころから、香気の多様化が本格的に始まったように感じます。育種の開始時期を考えると、それ以前の1990年代にはすでに準備が進められていたことになります。アメリカのクラフトビール市場は2009年から2018年の間に約3倍に成長しました(村上2020)。
Citraに代表されるように、民間のホップサプライヤーが本格的に育種へ参入した背景には、クラフトブルワリーの増加と市場の拡大があります。クラフトビールが使用するホップの量は、大手ブルワリーに比べて何倍も多く、個性を引き出して差別化したビールを造るためには多量のホップが必要です。アメリカのクラフトビール市場は近年やや伸び悩んでいるものの、依然として約12%のシェアを持っています。ホップの使用量が大手の3〜4倍に達することを考えると、生産・供給側から見たクラフトビール市場のホップ需要シェアは36〜48%に相当し、極めて大きなユーザー市場といえます。
さらにクラフトブルワリーは新しいホップを求め続けており、育種も加速せざるを得ません。仮に収量が低くても、個性的なホップであれば高く販売できます。自ら育種し、価格設定を行い、自ら販売する。ブルワリーにとって魅力的なホップ、すなわち「売れるホップ」は、サプライヤーにとって強力な競争優位の商材になるのです。
一方、公的機関による育種はホップ生産者への配慮が欠かせません。収量性、栽培性、耐病性などを慎重に、複数年にわたって評価する必要があります。そのため、急速に拡大するクラフトビール市場のスピードに合わせるには限界があります。
こうした背景のもと、ホップ品種の数は民間主導で急増しました。図6-1には、品種数と育成国を示しています。
データはドイツのバイエルン州立農業試験場Hüll研究所が発行しているホップリスト(2021年版)に基づくもので、世界ではすでに299品種が登録されています。

アメリカが最も多く82品種、次いでドイツが35品種、イギリスが30品種となっています。1994年の資料では、アメリカのホップ品種はわずか9品種にすぎませんでした(村上2020)。それが現在では10倍近くに増えたことになります。
日本の17品種という数字は、サッポロビールによる育種成果が大きく貢献しています。ただし、近年は品種数の増加にも鈍化傾向が見られます。2018年版のデータではアメリカが73品種であり、依然として増加傾向にあるものの、アメリカ以外の国々ではほとんど変化が見られませんでした。
世界のホップ生産事情の変化
2000年からのホップ生産面積と生産量の推移を図6-2に示します。作柄の豊凶や需給バランス、在庫量の関係から、生産量は緩やかに波打つのが普通だと思っています(私見)。しかし近年は、全体として右肩上がりに見えます。栽培面積の増加は鈍化しているようなので、生産量も今後は安定してくるはずです。
二大ホップ生産国であるアメリカとドイツは、両国で世界の総生産量の70%を超えています。近年の推移を図6-3に示しますが、明らかに増加傾向です。チェコで示したように、他の国ではわずかな増加か、ほぼ横ばいにとどまっています。


2022年、アメリカで栽培されたホップの品種数は、なんと99品種にのぼります(2022 Statistical Report by Hop Growers of America)。サッポロビールが育種したソラチエースをはじめ、国外から導入された品種も多いのですが、古い品種が今も栽培されている点も特徴的です。このうち商標登録されている品種は39品種あり、比較的最近育種された民間品種に該当します。アメリカのホップ市場は、品種の新旧を問わず、多様化がかなり進行しているように見えます。
生産量と品種数の増加、個性的で多様、かつホップ使用量の多いクラフトビールの台頭。やはり、クラフトビール市場の影響は大きいようです。
日本のホップ事情
2023年、遠野におけるホップ栽培の歴史は60年を迎えました。キリンビールとの契約のもと、1963年11月にホップの植え付けが初めて行われました。一方、お隣の奥州市江刺でホップ栽培が始まったのは、さらに7年さかのぼります。こちらが岩手県で最初の事例で、宝ビールによって導入されました。日本におけるホップ栽培の歴史については、「BrewNote 日本におけるホップ栽培」に詳しくまとめられていますので、興味のある方はご参照ください。
ホップ生産の推移を作付面積で示したのが図6-4です。1960年代に急増し、1970年前後にピークを迎えます。その後は減少の一途をたどり、現在に至ります。
この急激な増加の背景には、当時のビール事情があります。国内のビール市場は黎明期を終え、成長期に差しかかっていました。ビールのおいしさが広く知れ渡り、需要が潜在的に拡大したこと自体は好ましい状況でしたが、問題となったのがホップでした。ホップは輸入に頼っており、1ドル300円台という為替環境では、原料として非常に高価でした。仮にビール事業が拡大できたとしても、経営的に厳しくなるのは明白だったのです。
そこでホップの国産化が進みました。それまでの長野県、山梨県、福島県、山形県に加え、岩手県、秋田県、新潟県へと栽培地が広がっていきました。総生産量は3000トンを超えます。ビールの生産量も1950年代から1960年代にかけて約5倍に跳ね上がりました。その後もビール生産量は増え続けますが、今日のようにビールがどこでも、いつでも手に入り、飲めるようになった背景には、日本産ホップの普及が大きく貢献しているのです。

1970年代に入ると、状況は変わってきます。農産物自由化への動きが始まり、為替レートも変化し始めました。1ドル200円台、さらに100円台へと円高が進み、輸入ホップの価格はどんどん下がっていきます。やがて価格は逆転し、日本産ホップの減反が進んでいきました。後継者不足や高齢化、さらには施設・設備の老朽化など、負の要因が連鎖的に訪れます。
1988年、私はキリンビール株式会社に入社し、ホップの品種改良を担当することになりました。減反が進む中での仕事です。品種改良を行ったところで、普及の見込みがほとんどないことは明らかでした。それでも、育種の仕事そのものは面白かった。上司に育種をやめることを進言することもできましたが、「当面は基礎的な研究を続けて様子を見よう」と判断しました。そのとき、博士号の取得も目標に定めました。ビールづくりのスキルも少しずつ身につき始めた矢先、1999年に運よく日本産生ホップに出会い、初の商品化に至ります。これで日本産ホップの状況が少しは変わるかと思いましたが、ホップ栽培の減少に歯止めがかかることはありませんでした。
2007年、潮流が変わり始めます。TKプロジェクトの発足です。遠野市(T)とキリンビール(K)が連携し、「ホップの里」構想が始まりました。きっかけとなったのは、遠野産ホップを使用した商品「とれたてホップ一番搾り」です。このビールは、遠野のホップがあってこそ成立するものであり、ホップ栽培の維持・継続が不可欠となりました。さらに、遠野の名前がビールを通じて全国に知れ渡り、一次産業であるホップ栽培が、六次産業としての観光事業へとつながっていきます。同時に、新たにホップ栽培を始めたい移住者を呼び込むことにもなりました。
では次に、現在の遠野で何が起きようとしているのか。ご紹介しましょう。
遠野、Now!
2023年8月19日(土)、朝からうだるような暑さの日でした。第6回遠野ホップ収穫祭の初日です。2015年に「ホップの里からビールの里へ」とステップアップし、一次産業から六次産業までをすべてカバーする取り組みが始まりました。その運営・実行の組織母体が、TKプロジェクト実行委員会です。行政とキリンビールに加え、地元のクラフトビール醸造所や観光関連事業者、JR東日本へと構成メンバーは広がってきました。遠野ホップ収穫祭は、TKプロジェクト実行委員会が企画する、遠野最大のイベントです。
「蔵の道ひろば」に設置された大テントをメイン会場として、2日間にわたり開催されます。ホップの収穫が今年も無事に始まったことを宣言するイベントでもあります。第1回は2015年8月、来場者は2,500人と静かなスタートでしたが、毎年徐々に増え、2019年の第5回では12,000人に達しました。とにかく人、人、人。あの日も暑かったことをよく覚えています。
新型コロナウイルス感染症の影響で3年ぶりの開催となった2023年は、天候の急変というハプニングに見舞われながらも、9,000人の来場者を数えました。初日は夕方から雷雨と突風により、唯一の交通手段であるJRがストップし、帰るに帰れない状況となりましたが、臨時バスの運行で何とか対応することができました。2日目は、11時の開場と同時に「本日も雷雨が予測されるため、13時をもって本日の最終列車となります」という計画運休のアナウンスが流れました。慌てて帰る人、来るはずが来られない人など、天候に大きく振り回された2日間でした。
「ビールの里」構想は、「人」「金」「モノ(ホップ、ビール)」「事」の4つを通じて具現化していきます(『遠野ホップ60年の歩み』2023)。遠野ホップ収穫祭は、その「事」のひとつに位置づけられます
行政の取り組み
行政の取り組みとして挙げられるのが「人」です。今後のホップ栽培を担う人材の確保になります。就農フェアや地域おこし協力隊制度を活用し、新規のホップ就農者を募っています。ホップをやってみたいと考える人の背景には、クラフトビールブームの影響も少なくないようです。
移住者の多くは、それまで遠野に縁もゆかりもない人たちです。そのため、新たにホップ栽培を始めるにしても、最初の生活は決して楽ではありません。そこで導入したのが、総務省の地域おこし協力隊制度です。2016年から始まりました。遠野市の職員として、最初の2年間はホップ栽培技術の習得にあて、最後の1年は独立に向けた準備期間としています。
もう一つが「金」です。ここでは、ふるさと納税を活用しています。納税者が「ビールの里」構想に使ってほしいと指定してくださった寄付金の総額は、2022年までで1億円に迫る勢いとなりました。返礼品代と手数料を差し引いた約半額が、実際に活用できる予算となります。
この資金を活用し、共同で運用してきた収穫センターの老朽化した設備を、順次改修することが可能となりました。2023年冬からは、乾燥機の燃焼炉の更新工事が始まっています。40年以上使い続けてきた燃焼炉の隔壁にひび割れが生じ、乾燥中のホップに飛び火する危険があったためです。工事費用は1,200万円で、寄付金によって賄うことができました。もしこの制度がなく、21軒の生産者が均等に負担していたとしたら、廃作を決意する生産者が出ていた可能性もあったでしょう。本当にありがたい制度です。
ここで、遠野市がホップ栽培をどのように位置づけているのか、説明しておきましょう。農家戸数で見ると、稲作など他の作物を育てている農家が圧倒的に多く、ホップ農家はわずか21軒です。農業政策上の優先順位で言えば、ホップは最下位に位置づけられ、十分な予算を回すことが難しいのが現実です。
しかしながら、先述した遠野ホップ収穫祭は、集客数も非常に多いイベントです。ホップを見てみたい、地元のホップを使った地元のクラフトビールを飲んでみたいという動機で、遠野を訪れる観光客も多く、ホップは重要な観光資源として捉えることができます。
遠野は、民話の里としても知られる、北上山系中腹に位置する人口約25,000人の小さな街です。古くから伝わる民話の世界には、妖怪や神々が次々に登場します。2023年に制定された遠野市の観光施策は「カッパ(河童)とホップ」です。語呂合わせも良く、遠野でしかできないことを的確に表現しています。今後、このコンセプトを軸に、ユニークな広告や観光戦略が展開されていくでしょう。
全体をマネジメントする民間の役目
ホップという「モノ」の作り手は、2023年時点で21戸です。最大だった1974年の239戸と比べると、実に10分の1まで減少しました。そして、この21戸のうち6戸は移住者です。岩手県内外から集まっています。高齢化したベテラン農家の畑を引き継いでホップ栽培を始めるため、初期投資の負担は比較的低く抑えることができます。農業機械を借りることも可能です。その意味では、ホップ栽培への参入障壁は少ない方だと言えるでしょう。
しかし残念ながら、数年後に栽培をやめてしまう参入者が多いのも現実です。キリンビールとの契約栽培であるため、全量買い取りとなり、一見すると安定した農業経営に見えます。ところが、豊凶の波に耐えきれない構造的なコスト負担があり、結果として十分な収入を確保できないのです。
こうした収支構造を解析し、根本的な課題解決の施策を考え、持続的なホップ栽培を可能にしようとしている頼もしい助っ人が、2018年に設立された株式会社BrewGoodです。CEOは田村さんで、彼もまた和歌山からの移住者です。ビールの里構想を具現化するため、全体のマネジメントを担っています。市役所やキリンビールからの業務を受託し、ふるさと納税の効果的な活用方法を立案して市側に提案、議会での承認を経て、予算が実行されます。
また、新規ホップ就農者の募集や育成、独り立ちまでのサポートも行っています。人気の高い道の駅・風の丘でのホップやビール関連グッズのデザイン、新たなクラフトブルワリーの立ち上げなど、その業務は多岐にわたります。
新品種ホップ MURAKAMI SEVEN
「モノ」としては、新品種MURAKAMI SEVENの普及が始まりました。従来品種のIBUKIと比べて栽培しやすく、収量も多いのが特徴です。ホップ生産者の利益を直接的に増やすことができます。とはいえ、決して簡単ではありません。栽培方法にも工夫が必要です。例えば、いつ、どれだけの肥料を与えるのか。毎年異なる気象条件を相手に、試行錯誤が続きます。
飲食店向けのビール販促ツール「タップマルシェ」で提供されてきたMURAKAMI SEVEN IPAは、新品種の特徴的な香気を最大限に生かしたビールです。飲みやすく、何よりも、これまでに経験したことのない素晴らしい香りがあります。熱狂的なファンも現れました。そして2023年10月末から全国発売されたのが「JAPAN ALE <香> 」です。日本産ホップであるMURAKAMI SEVENとIBUKIを一部使用したビールになります。
これまで、日本産ホップをうたったビールは、ホップ生産量の制約から、季節限定や数量限定といった「限定商品」が一般的でした。全国で通年販売されるビールは、これが初めての事例です。日本全国に、日本産ホップの素晴らしさを伝えたい。そんな想いと願いを込めたビールなのです。
そして研究開発を通して、この先の遠野のホップとビールに新たな価値を加えていくことが、私の役目です。個人的に捉えている遠野の課題は、「事業拡大」と「人の育成」です。
事業拡大とは、遠野のクラフトビールをさらに盛り上げ、生産量を増やしていくことです。遠野のクラフトビールの魅力を高めたい。そうすれば、売り上げも自然と伸びていきます。そのための研究開発を始めました。
まず取り組んでいるのが、遠野独自のオリジナル品種の開発です。現役時代と仕事内容は変わっていないように見えますが、実は大きな違いがあります。キリンビールのための品種開発では、ビール製造量との関係から、何トンという大きなホップ生産量が前提となります。そのため、安定した高収量と優れた栽培適性が必須条件でした。
一方、地元のクラフトビール向けとなると、必要なホップ量はkgレベルと桁違いに少なくなります。収量が低くても株数を増やせば対応できますし、栽培に手間がかかったとしても、栽培面積や労力は限られています。育種のハードルが大きく下がるのです。その結果、ユニークで個性的なホップが日の目を見る機会も高くなります。
世界でここ遠野にしかないホップでビールをつくる。しかも、美味い。そんなビールをつくりたいのです。具体的なビールづくりは、若手を育てることから始めます。新たなビールが完成したら、マーケティングも彼ら彼女らの仕事です。事業を通じ、試行錯誤を重ねる中で、人は成長していくものだと思います。
私は BrewGood の顧問として若手を見守る役割でもありますが、新しい価値観は何より大切にしたいと考えています。今どきの新しい発想や挑戦は、彼ら彼女らの仕事です。若い世代に任せた方が良いと、心底そう思っています。
なぜなら、これまでそうした若者たちを実際に見てきたからです。この章の最後では、キリンの若者たちが努力を重ねて見出し、切り開いてきたホップの健康機能性について触れておきましょう。ちなみに、当時の「若者」は、今ではたくましい存在へと成長しています。
ビールとホップは切っても切れない関係です。しかし彼ら彼女らによって、「ホップと健康」という新たな文脈も、生まれ始めているのです。
ホップの新たな可能性-ホップの健康機能性-
ホップの健康機能性がにわかに話題になり始めたのは、1990年代後半からです。中世以来、ホップは薬草として認識されてきました。そのため、現代の科学で調べれば、何かしらの発見があるはずだと考えられていました。なかでも、Xanthohumolの発見は大きな注目を集めました。ポリフェノールの一種で、ホップでしか見つかっていない特殊なポリフェノールです。しかもXanthohumolは、ルプリンに蓄えられる疎水性の性質を示します。ポリフェノールの多くは親水性であり、カテキン、ケルセチン、レスベラトロールなど、有名な成分として聞いたことがある方も多いと思います。
Xanthohumolが注目された最大の理由は、その抗がん作用です(Biendl and Pinzl, 2008)。ドイツ・ハイデルベルクにある国立がん研究センターで評価が実施されました。がん変異、がん細胞の増殖・腫瘍化、さらには腫瘍への血管新生といった、がん化に至るすべての段階において抑制効果が認められたとされています。
さらに、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、白血病細胞など、多様ながん細胞に対しても効果を示しました。この広範囲にわたる効果が、大きな話題を集めた理由です。また、ホップに含まれる量も比較的多く、ドイツの品種Taurusでは乾物当たり約1%に相当します。こうした背景から、ホップの加工法開発も迅速に進み、Xanthohumolを高純度で抽出できる技術も完成しました。
天然のがん予防成分として期待される一方で、Xanthohumolは疎水性の性質を持つため、ビールには溶け込みにくいという特徴があります。そのため、残念ながら「ビールを飲めば健康によい」と単純に擁護できるものではありません。

表6-1に、現在知られているホップの健康機能性をまとめました。Xanthohumolをはじめとするポリフェノール類、苦味成分であるα酸、β酸には、多彩な効果が認められています。さらに、ビールに相当量含まれるイソα酸そのものの健康機能性も報告されており、まさに「良薬口に苦し」と言えるのかもしれません。
当時、若手の同僚たちがイソα酸に目をつけ、次々に新しい知見を得ていく姿を、私は間近で見ていました。それまで聞いたこともない専門用語が飛び交っていました。脂質代謝や糖代謝をコントロールするセンサーであるPPARαおよびγを、イソα酸が活性化することで代謝が促進され、体脂肪が減少する、すなわち痩身効果が得られることが分かったのです。同時に、血中糖や血中脂質の濃度も制御されるため、糖尿病の症状である高血糖や、血中および肝臓内の脂質異常も改善されます。
ヒトでは、38mgまたは48mgのイソα酸で効果が確認されました(阿野 2018)。ビールに換算すると、かなり苦いビールを1L飲む必要がありそうです。1Lも飲めない量で済ませようとすれば、苦味はさらに強くなります。健康機能性は魅力的ですが、苦味が障壁になるのです。
そこで彼らは、苦味を低減する方法を考えました。ホップを徹底的に酸化させるのです(INHOP熟成ホップ研究所)。何年も寝かせたホップを使うベルギービールを参考にしたようです。こうして生まれたのが「熟成ホップエキス」で、すでに実用化されています。
α酸やβ酸は酸化され、S-フラクションやhulupones(苦味の章参照)へと変化します。そのため、当初は薬理作用はあまり期待できないのではないかと思っていました。しかし、効果はありました。体脂肪を減らす作用が確認されたのです。ただし、イソα酸のようにPPARαやγを活性化するわけではなく、別の機作が働いているようでした。
詳しく調べてみると、小腸にも苦味受容体(苦味の章参照)が発現しており、これが刺激されていることが分かりました。刺激は迷走神経を経て脂肪燃焼組織である褐色脂肪細胞を活性化します。褐色脂肪細胞の脂肪が減ると、脂肪貯蔵組織である白色脂肪細胞から脂肪が供給され、その結果、体脂肪や内臓脂肪が減少します。よく調べたものです。腸で苦味を感じているとは、当時はまったく知りませんでした。
苦味の信号は脳にも送られます。まだ仮説段階ですが、海馬や前頭葉からノルアドレナリン増加の指示が出され、その結果、集中力、注意力、判断力が高まると考えられています。記憶力の向上や、頭の疲労感低減に関する実験結果も得られているようです。脳にまで効果が及ぶとは、ただ驚くばかりでした。
そして、「驚きのとどめ」が現れます。認知症の予防です(阿野 2018)。そこまで行くのか、と思わず唖然としました。発表当時は多くのメディアにも取り上げられ、大きな話題となりました。研究を行った阿野氏も引っ張りだこでした。
ここでも登場するのは、再びイソα酸です。認知症の代表であるアルツハイマー病は、βアミロイドやリン酸化タウといった不溶性の老廃物が、10年以上にわたって脳内に蓄積し、神経細胞を変化させた結果、発症する疾患と考えられています。
脳内には神経細胞だけでなく、免疫細胞も存在します。その代表がミクログリアです。2010年には、有名な科学誌にも取り上げられました。ミクログリアは、脳内にたまった老廃物を取り込み分解する、いわば脳内の掃除機です。そのほか、ウイルスなどの異物除去や、変性・老化した神経細胞の除去など、脳を健全に保つ重要な役割を担っています。
しかし加齢とともにミクログリアの活性は低下し、老廃物が蓄積します。その結果、炎症が起こり、さらに神経細胞が傷つき、認知機能の低下に至ります。
阿野氏の実験では、イソα酸によってミクログリアの除去活性が高まり、炎症も改善される結果が得られました(阿野 2018)。マウスにイソα酸を含む餌を与え、「新奇物体認知試験」を行ったところ、イソα酸を摂取したマウスは、新たに現れた物体を直ちに認識しました。一方、通常の餌を与えたマウスは異常なしと判断しました。すなわち、イソα酸によって認知機能が改善したことが確認されたのです。
まだ予備的な検証段階ではありますが、ヒトにおいても、コップ一杯程度のビールに含まれるイソα酸で、脳活動の改善傾向が認められたようです。今後は、より慎重な検証が行われていくでしょう。
認知症を発症した後に脳内老廃物を除去しても、症状の改善は認められないようです。つまり、未病の段階で脳内老廃物の除去を活性化しておかなければ、効果は期待できません。調べてみると、そのような薬はすでに存在するようですが、未病の状態で処方箋が必要であること、さらに保険適用外であることが課題となります。アルツハイマー病は厄介な疾患です。予防が最も重要であるにもかかわらず、医療制度が追いついていない。将来的に制度の見直しは避けられないでしょう。
一方で、日々の生活の中で、無理なく予防できるとしたら素晴らしいことです。毎晩のビール一杯が健康な脳を保つのであれば、これはビール党にとって朗報かもしれません。もしそうだとすれば、一人当たりのビール消費量が世界一のチェコではどうなのでしょうか。認知症の発症率が低い可能性も考えられます。エタノールの影響が逆に作用することも予想されますが、疫学的な調査を期待したいところです。
阿野氏の論文が海外でどのように扱われているかは分かりませんが、こうした研究が調査のきっかけとなれば、ビールやホップに携わってきた人間として、これほど嬉しいことはありません。
引用文献
- Biendl, M. and Pinzl, C., Hops and health. Botany, German hop museum Wolnzach, Germany, 2008
- Obara, K., Mizutani, M., Hitomi, Y., Yajima, H. and Kondo, K., Isohumulones, the bitter component of beer, improve hyperglycemia and decrease body fat in Japanese subjects with prediabetes, Clin. Nutr., 28, 3, 278-284, 2009
- Shimura, M., Hasumi, A., Minato, T., Hosono, M., Miura, Y., Mizutani, S., Kondo, K., Oikawa, S. and Yoshida, A., Isohumulones modulate blood lipid status through the activation of PPARα, Biochimica Biophysica Acta, 1736, 1, 51-60, 2005
- Yajima, H., Ikeshima, E., Shiraki, M., Kanaya, T., Fujiwara, D., Odai, H., Tsuboyama-Kasaoka, N., Ezaki, O., Oikawa, S. and Kondo, K., Isohumulones, bitter acids derived from hops, activate both peroxisome proliferator-activated receptor alpha and gamma and reduce insulin resistance, J. Biol. Chem., 279, 32, 33456-33462, 2004
- 阿野 泰久, ホップ由来苦み成分「イソα酸」の認知機能改善効果について, 醸造協会誌, 113, 12, 738-743, 2018
- 遠野ホップ60年の歩み, 製作: 遠野市産業企画課, 発行: TKプロジェクト実行委員会, 2023
- 村上 敦司, ホップの探求, 醸造協会誌, 105, 12, 783-789, 2010
- 村上 敦司, 「日本のホップ品種」とそれらを活かしたビール造り、とその波及効果, 醸造協会誌, 115, 4, 195-202, 2020
目次
はじめに
第1章 ホップの苦味の科学
・はじめに抗菌性あり!
・α酸を貯蔵するルプリンの役割
・ホップの抗菌性
・抗菌性のメカニズム
・ホップの苦味成分たち
・Cohumulone論争
・苦味成分の脇役たち
・フルーツビールの教え
・苦味価とは
・ノート1-1 毬花
・ノート1-2 pH
・ノート1-3 成分の性質
・ノ-ト1-4 分析法について
・引用文献
第2章 ホップの香りの科学
・香り成分分析技術の進歩のおかげ
・ホップとビールでの成分組成の違い
・ホップ香気成分の世界
・香気成分の間に起こる相互作用
・香りはどうように感知されるのか
・香気成分データの解析
・ホップ品種の香気のアイデンティティーはどの様に決まる?
・ノート2-1 テルペン類
・ノート2-2 濃度単位のお話し
・ノート2-3 含硫成分の分析
・ノート2-4 多変量解析
・引用文献
第3章 ホップ使用技術
・ビールの作り方
・苦味の付け方
・ホップ香気の付け方
・ホップの加工・調製品
・生ホップの特徴とは
・ルプリンパウダーの教え
・引用文献
第4章 ホップの育種
・交配育種の始まり
・雄ホップと交配育種
・遺伝の基礎
・ホップの遺伝学
・Cohumulone(Coh)論争の考察
・新ホップ品種MURAKAMI SEVENのいきさつ
・ホップ品種のアイデンティティーとは
・ホップのテロワール
・ノート4-1 遺伝学用語の解説
・ノート4-2 成分比率の実験系の補足
・引用文献
第5章 ホップの進化遺伝学
・分子進化遺伝学
・PCRの登場
・分子進化時計
・野生ホップ収集開始
・世界の野生ホップのDNA解析
・Humulus属の構成
・DNA塩基の違い
・ホップの起源の地
・分岐年代の推定
・ホップの伝播のシナリオ
・マイクロサテライトDNA多型
・コーカサス地方のホップ
・日本の野生ホップ
・日本野生ホップ、カラハナソウの分布
・カラハナソウと氷河期(最終氷期)との関係
・ノート5-1 分子進化時計のキャリブレーション
・ノート5-2 マイクロサテライトDNA多型
・ノート5-3 コーカサス集団とヨーロッパ集団の分岐年代推定
・引用文献
第6章 ホップを取り巻く環境の変化
・ビール事情の変化
・世界のホップ育種事情の変化
・世界のホップ生産事情の変化
・日本のホップ事情
・遠野、Now!
・ホップの新たな可能性-ホップの健康機能性-
・引用文献
付録:ホップの育て方
・成長のフェーズ
・ホップの育て方-作業-
・ホップの育て方-施肥-
・ホップの育て方-病虫害、自然発生被害-
・ホップの収穫
・ホップ栽培、あるある!
・将来のホップ栽培のために
・引用文献
おわりに
※校正しながら連載を進めますので、目次の一部が変更となる可能性があります
お知らせ
連載の更新情報は、GOOD HOPS公式SNS(X・Facebook)で随時お知らせします。
ぜひフォローしてチェックしてください。
X
facebook
また、村上が手がけたGOOD HOPSのビールも現在販売中です。下記のリンクよりご確認ください。
一般の方向けオンラインショップ
業務店さま向けオンラインショップ
お問い合わせ
施設やTAPROOMに関するご質問、自社ビールのお取り扱いに関するお問い合わせ(小売店様・飲食店様向け)、取材のご依頼など、どうぞお気軽にご連絡ください。
スタッフ一同、美味しいビールとともにお待ちしております!