2025.06.08

連載「博士のホップノート」|はじめに

GOOD HOPSの醸造責任者・村上敦司による連載「博士のホップノート」が、THE HOPS JOURNALで始まります。

THE HOPS JOURNAL を始めた理由についてはこちらをご確認ください。

村上敦司プロフィール
株式会社BrewGood 取締役/GOOD HOPS 醸造責任者/キリンホールディングス 飲料未来研究所 技術アドバイザー
1988年にキリンビール入社。ホップ品種改良を担当し、「一番搾り とれたてホップ生ビール」などを開発。2000年に農学博士号を取得。2010年にはドイツホップ研究協会の技術アドバイザー(当時世界で6名)に就任。2020年にキリンを退職し、現在はBrewGood取締役として、日本産ホップの研究と実装に取り組む。国内外から注目を集める新品種ホップ「ムラカミセブン」の生みの親。

この連載では、村上がホップにまつわるさまざまな話題を、基礎から専門的な内容まで幅広く綴ります。

原文は村上自身による執筆で、校正を加えながら掲載していきます。更新は不定期ですが、ぜひこの機会に、奥深いホップの世界に触れていただければ嬉しいです。

それでは、連載スタートです。

はじめに

2022年8月上旬、私は北海道上富良野にあるサッポロビール原料開発研究所にいました。

サッポロビールの企画で、ホップの歴史を振り返ることになったのです。仕掛けたのは、商品開発を担当する新井健司さん。日本産ホップにこだわったビールづくりをしている方です。

上富良野の研究所は、世界的に有名な日本生まれのホップ品種「ソラチエース」が育種された場所。訪れるのは今回が二度目でした。初めて伺ったのは、早期定年退職が迫っていた2019年の秋、雪虫が舞う頃に、糸賀裕さんに会いに行ったのです。糸賀さんとは、私が入社した直後にビール業界の原料研究者の集まりで知り合い、それ以来のホップ研究仲間です。ホップをめぐる価値観が大きく変化する中で、長年、共に研究を続けてきました。退職すればもうホップ談議はできなくなる。そう思い、足を運んだのですが、宿を取った富良野で飲んだ、飲んだ、話した、話した!

そして今回の二度目の訪問では、「正式にホップ談議をしてほしい」と新井さんからの依頼。これは嬉しかった。糸賀さんと私でなければ語れない話が、確かにあったのです。

どんな内容だったのかは、サッポロビールの公式サイトで公開されています。
▶︎ホップの冒険者たち
現役時代にやってきたことが「冒険」として映っているのか、と、その価値観の違いに嬉しい驚きを感じました。

ホップ談議、そして撮影も無事終わり、最終日。研究所のリーダーである鯉江弘一朗さんから「何でもいいから話が聞きたい」とのリクエスト。ホップ以外に話すことが無いのはご承知のようで、オーディエンスは若手研究員たち。オンラインで群馬の研究所やキリンの研究所ともつないで行うことになりました。

内容は後述する統計遺伝学(第4章)、分子遺伝学(第5章)について。これは少し緊張しました。相手はプロの研究者たち。適当なことは言えません。以前の研究結果ではありますが、万が一計算に間違いがあったらどうしようと、資料を引っ張り出して再計算しました。

話し始めると楽しくなってしまい、1時間の予定を大きく超えてしまいました。現在拠点としている遠野で何が起きようとしているのか(第6章)など、話はどんどん広がっていきました。

2023年、新型ウイルスの感染拡大が一段落し、さまざまな規制が緩和された夏のこと。「ホップを見たい」「ホップの話を聞きたい」という人たちが、次々と遠野を訪れました。

対応窓口となったのは、BrewGood社の田村淳一さん(第6章に登場)。ホップにまつわるビール商品秘話や、ホップをきっかけとした6次産業化、ホップ栽培の課題解決など、多彩な話題で盛り上がりました。

訪れてくださった方々の中には、複数のメディア関係者もいました。遠野という、決して近くはない場所まで来ていただき、時間制約のある中での取材。

ホップ収穫も一段落した9月、田村さんと話したのです。毎日のように同じ話や説明を繰り返している中で、「やっぱり、書き物としてまとめておいた方がいいよね」「事前に知識を仕入れて来てもらえれば、時間も効率的に使えるし」といった話になったのです。

田村さんからは、「書くのであれば、本を出すつもりで書いてほしい」と依頼がありました。そこまで本格的なものを求められるとは思っておらず、正直、驚きました。

私はもともと、ネットで配信するような小さなコラム程度を想定していたため、まさに意表を突かれた形です。そもそも文章を書くことが苦手で、むしろ苦痛に感じるタイプの人間です。立派な読み物を書くなどという発想は、これまで一度も持ったことがありませんでした。

とはいえ、前年の上富良野でのこともあり、書き物としてまとめておいた方がいいのは明白でした。その後、全体構成をまとめて、書き始めました。書き上げる自信は微塵もありませんでしたが、「最後は誰かに校正してもらえばいいや」と、軽い気持ちで。

こういった経緯があっての執筆ですが、読者として想定したのは、「ホップは初めて」という方から、プロのクラフトブルワーまでと、やや欲張りすぎたきらいがあります。専門性のレベルが統一できず、構成に迷いが見えるかもしれません。

解説が必要な部分には「ノート」を付けていますが、読み飛ばしていただいても本文の理解に支障はありません。例えを使って分かりやすくしたつもりですが、その分、表現が端的・比喩的になり、科学的に誤解を招くこともあるかもしれません。あくまで「深く知るためのきっかけ」として読んでいただければと思います。正確な知識や疑問点については、専門書をぜひご参照ください。

本題に入る前に、まず簡単に「ホップ」とは何かを知っていただきましょう。

ホップは多年生の作物です。つまり、毎年種を蒔いて育てるわけではなく、一度「株」を植えれば、そこから毎年芽を出し、15年、20年と長期間にわたって栽培が可能です。

写真を交えてご説明していきます。

A 高さ5.5mのホップ棚でホップは栽培されます。畑作としては利用する空間は大きく、畝間は2から4m、株間1.5から1.8mで植え付けされています。

B 8月にはホップは毬花をつけます。

C 毬花を縦に割った写真です。中心に軸のようなものがあり花びらみたいなものが折り重なるように配置されています。その花びら状の根元に黄色い粒々がついています。

D その粒々を走査型電子顕微鏡で拡大しました。茶わんに大盛のご飯、みたいな形をしていますが、ルプリンと呼びます。ビールに欠かせないホップ。そしてルプリンこそがビールに必要な成分を貯めこんでいるのです。

本文の構成は、ルプリンに含まれる苦味成分(第1章)と香り成分(第2章)の性質を解説した上で、それらがビール醸造においてどのように利用されているかを説明する第3章へと続きます。

第4章ではホップの育種と品種改良について扱います。ホップ栽培には1,000年以上の歴史があり、古くからの品種から最新の品種まで幅広く紹介します。

第5章は、ホップの進化についてです。ホップの起源がどこにあり、いかにして世界中へと広がっていったのかを解説します。

第6章では、ホップを取り巻く環境の変化について述べます。まさに激変といえる状況です。

各章には、私自身が経験してきたエピソードを織り交ぜています。発見したこと、楽しかったこと、嬉しかったこと。それらをぜひお伝えしたいと思っています。

最後に付録として、ホップの栽培方法を記載しました。ホップは一般的な畑作物とは異なり、栽培には専用の作業や機械が必要です。

これまで、数えきれないほどの質問を受けてきました。それもそのはず、ホップに関するまとまった書物はあまりにも少ないのです。もし本書を通じて、ホップに対する疑問が解けたり、より深い関心を持っていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

いつしか「ホップ博士」と呼ばれるようになった
農学博士 村上敦司

目次

はじめに             

第1章 ホップの苦味の科学

・はじめに抗菌性あり!
・α酸を貯蔵するルプリンの役割
・ホップの抗菌性
・抗菌性のメカニズム
・ホップの苦味成分たち
・Cohumulone論争
・苦味成分の脇役たち
・フルーツビールの教え
・苦味価とは
・ノート1-1 毬花
・ノート1-2 pH
・ノート1-3 成分の性質
・ノ-ト1-4 分析法について
・引用文献

第2章 ホップの香りの科学

・香り成分分析技術の進歩のおかげ
・ホップとビールでの成分組成の違い
・ホップ香気成分の世界
・香気成分の間に起こる相互作用
・香りはどうように感知されるのか
・香気成分データの解析
・ホップ品種の香気のアイデンティティーはどの様に決まる?
・ノート2-1 テルペン類
・ノート2-2 濃度単位のお話し
・ノート2-3 含硫成分の分析
・ノート2-4 多変量解析
・引用文献

第3章 ホップ使用技術

・ビールの作り方
・苦味の付け方
・ホップ香気の付け方
・ホップの加工・調製品
・生ホップの特徴とは
・ルプリンパウダーの教え
・引用文献

第4章 ホップの育種

・交配育種の始まり
・雄ホップと交配育種
・遺伝の基礎
・ホップの遺伝学
・Cohumulone(Coh)論争の考察
・新ホップ品種MURAKAMI SEVENのいきさつ
・ホップ品種のアイデンティティーとは
・ホップのテロワール
・ノート4-1 遺伝学用語の解説
・ノート4-2 成分比率の実験系の補足
・引用文献

第5章 ホップの進化遺伝学

・分子進化遺伝学
・PCRの登場
・分子進化時計
・野生ホップ収集開始
・世界の野生ホップのDNA解析
Humulus属の構成
・DNA塩基の違い
・ホップの起源の地
・分岐年代の推定
・ホップの伝播のシナリオ
・マイクロサテライトDNA多型
・コーカサス地方のホップ
・日本の野生ホップ
・日本野生ホップ、カラハナソウの分布
・カラハナソウと氷河期(最終氷期)との関係
・ノート5-1 分子進化時計のキャリブレーション
・ノート5-2 マイクロサテライトDNA多型
・ノート5-3 コーカサス集団とヨーロッパ集団の分岐年代推定
・引用文献

第6章 ホップを取り巻く環境の変化

・ビール事情の変化
・世界のホップ育種事情の変化
・世界のホップ生産事情の変化
・日本のホップ事情
・遠野、Now!
・ホップの新たな可能性-ホップの健康機能性-
・引用文献

付録:ホップの育て方

・成長のフェーズ
・ホップの育て方-作業-
・ホップの育て方-施肥-
・ホップの育て方-病虫害、自然発生被害-
・ホップの収穫
・ホップ栽培、あるある!
・将来のホップ栽培のために
・引用文献

おわりに

※校正しながら連載を進めますので、目次の一部が変更となる可能性があります

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